いじめの問題について考えよう

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Archive for the ‘いじめとは’ Category

いじめをする人にも2パターン

Posted by きりり On 9月 - 30 - 2009

いじめの問題について考えています。
いじめには、単純に、いじめる側といじめられる側とがあります。しかも、一人が大勢をいじめる、ということはありません。大勢が一人(または少数)をいじめます。
いじめは良くないことだと教えられていますから、いじめている側の人も、それが「悪いこと」と一応は知っているでしょう。しかし、それでもいじめるのは、「悪いこと」と知っている以上に、いじめを実行するだけの理由や動機があるから、そのような行為に走ります。
いじめの問題が身近にあって、それに向き合うとき、まず大切なのは、実態を正確に把握することでしょう。
いじめの事実を把握したら、いじめている側の人たちに、いじめられている人がどんなにつらい思いをし、いかに傷ついたか、また、自分が同じ立場に立ったら、どういう気持ちになるか、よく考えさせ、反省を求めることが必要です。
いじめている側にも、大きく2つのパターンが考えられます。
一つは、軽い気持ちでやった場合。みんながいじめているから、自分も面白がって、遊びのつもりでいじめた、というパターンです。この場合は、相手の気持ちもわからずにやっていることが多く、いじめを受けた人の気持ちを知り、深く反省します。注意と、相手への謝罪で良いでしょう。
もう一つのパターンは、相手が傷ついているとわかって、わざとやっている場合です。いじめの事実を認めても、ふてくされ、反省もなく、いじめも悪質な場合は、実は、いじめている本人も、どこか別のところで被害を受けている可能性を疑った方が良いでしょう。いじめの問題に向き合い、何とか解決しようと思って、一方的に、いじめている人を責めたり、叱りつけたりすることは、反って問題を複雑化させることになりかねません。冷静に客観的事実を正確に把握して、手順をふんで事に対処する必要があります。

いじめとノイローゼ

Posted by きりり On 6月 - 16 - 2009

あなたは今までにいじめられた経験はありますか?
または、いじめた経験がありますか?

加害者にしても被害にしてもどちらかの立場か、
もしくはいじめを見届けているだけで何もできなかった人など、
とにかくいじめという問題に携わったことがある人は多いと思います。

いじめられた方はノイローゼになりそうなくらい
恐怖を抱えている場合があるのです。

親鸞会によって助けられた友達がいると紹介しましたが、
私も実は一時ですが、いじめられたことがあるのです。

ですがその前は、自分はただ見ていて助けられなかった傍観者でした。
自分も止めに入ることができずに、何もできずにいるという
ある意味加害者の自分でした。

次は自分がターゲットにされる・・・と思うと怖くて何もできませんでした。
でも結局自分もいじめられてしまう番が来てしまったのです。

その時に思いました。
結局自分がいじめのターゲットにされて、
止めに入らないで友達を見捨てて後悔するくらいなら
最初からいじめを止める気でクラスメイトを助けてあげればよかったと。

それからはある意味開き直り、強気な態度で過ごしていました。
友達が一緒にいたくなければいてくれなくてもいい。
私も怖くていじめを止めることができなかったんだから仕方ない。
物を隠されれば見つかるまで探せばいいんだ。

とそんな強気な態度に腹を立てた人もいたけど、
私を見て以前順番にターゲットにされてきた友達が
どんどん私のところに寄って来るようになりました。

私はその時ずっと強がってはいたけど
すごくうれしくてうれしくてたまりませんでした。

それからはクラスでいじめの問題は一切なくなりましたが、
当時無視され続け、存在すらも否定されたこと、
親に買ってもらった大事なものを隠されたり捨てられたりした
悲しみは一生忘れないと思います。

私は幸か不幸かノイローゼにまではならなかったですが
ノイローゼ気味になってしまったクラスメイトもいました。
その時をきっかけにその子は学校に来なくなり、
しばらくして転校していきました。

その時に何かしらのいじめの対策でもしていれば、
その人も普通にみんなと一緒に学校を卒業していたのかな、
この辺に今でも住んでいたのかなと思うと今でも後悔します。

いじめは身近な存在

Posted by きりり On 6月 - 3 - 2009

いじめなんて自分には関係ない・・・と思っていても、
いつの間にか自分がいじめの加害者か被害者、
または傍観者になってしまっていることだってあるかもしれません。

見て見ぬふりは私に言わせれば加害者と同じだと思います。

問題は山積みになり過ぎて、それらの問題は
一向に解決しないまま次の問題が
また出てきてしまっているような気がします。

私の知り合いでも、いじめで自殺まで考えた人がいます。
問題を解決してしばらくしてから私にその報告を
初めてしてくれました。当時どんなに辛かったんだろうと思うと
胸が締め付けられる思いでした。

何よりもそのいじめられる人も苦しいけど、
その人の親もいじめのことを知ってしまうと
もっともっと辛い気持ちになるかもしれません。

その時いじめの対象になってしまったその人も、
自殺まで考えてしまうくらい問題を多く抱えていて
ものすごく辛かったそうです。

でも自殺しなくて本当によかったと思います。
もしいじめ問題が原因で自殺・・・何ってことになってたら
両親はもちろん、兄弟や祖父母、友人などもどんなに悲しんだでしょう。

ですがその人が立ち直ったきっかけは、辛い時にいろいろ調べていると
親鸞会のホームページと思われるところがあったそうです。

人生の目的と何か?生きるのはなぜか?ということを考えだした時に

そこの親鸞会のホームパージで一番に心を打たれた言葉は、

【苦しみの波の絶えない人生の海を、明るく渡す大船がある。
その船に乗り、未来永遠の幸福に生きるためである。
どんなに苦しくとも、この目的果たすまでは生き抜きなさいよ】

・・・と、その言葉によって
自分は自分の幸せを求め、そのためには
これから訪れる苦しみをたくさん乗り越えなくちゃいけない。
今他人に振り回されて命を絶つ考えを持ってはいけないんだ。
幸せだと思えるまでは絶対に生き抜いてやる!!

そう思うようになると、すごく楽になって、
いじめの問題はしばらく辛かったけど
何とか耐えていくうちにその堂々とした態度から
いじめの問題は少しずつ解決していったんだとか。

こんないい言葉にたまたま巡り合うことができて、
それによって考え方が変わり、自殺を考えなくなったのは
その友達が生かされる運命だったんでしょうね。

まだ死ぬ時期ではないとその親鸞会のホームページで
気付くことができたのでしょうね。

いじめの問題・大人の場合

Posted by きりり On 5月 - 2 - 2009

例えば社会に出た時に、何らかの形で
いじめにあってしまった経験がある人もいると思います。

そういった問題は会社によっても全然違うと思うのですが、
大人の世界のいじめは、陰で行われているものが
多いといいますが、それはなぜかというと、
大人は悪いことをして世間や人からどう思われるのか
といったようなことをすごく気にするからですね。

ですが私が思うには、みんなの前で激しく怒られたりだとか、
みんなの前での明らかないじめも結構あると思います。

例えば職場でのいじめではパソコンを扱う仕事ならば、
集団のオフィスのようなところでメールを本人以外に回し、
その人の恥ずかしいことを暴露したり、
誰かが文句を言っていたことを直接本人にメールしたり。

そしてサービス業のようなところなら、
お客さんの前で恥をかかせたり、失敗をなすりつけたりと
いじめといっても子供の世界並みに沢山あります。

大人のいじめの問題で外見のことでいじめられるというと、
おそらく子供のいじめの問題とは違い
女性なら『美人な人』とか『かわいい人』とか
男性なら『カッコイイ人』とか上司から信頼を置かれている人』
『仕事が徹底的にできる人』といった人の方が
同僚からねたまれたりして
いじめのターゲットにされてしまう場合があるそうです。

ブスだとかブサイクだとか言われて
いじめられてしまう子供の世界のいじめとは少し観点が違い、
相手への妬ましさから起こるいじめなんだと思います。

職場での人間関係をいい風に保つことは、そんなにも難しいことなんでしょうか・・・。

いじめに対する経験・隠れた問題

Posted by きりり On 4月 - 15 - 2009

いじめの問題というのはすごくデリケートで難しい問題です。
外見のことでいじめられたり、態度や性格のことでいじめられたり、
また、何もしていないのにグループのリーダーの一声で
いつの間にかターゲットにされていたり・・・。

ですが大人がその問題から逃げていては、結局何も問題が解決できず、
また誰かが辛い重い悩みを抱えつづけて、結局1人ではどうにもできずに
自ら命を絶ってしまう・・・というニュースが後を絶たなくなるのではないかと思います。

いじめに対する意識については年代別に少し異なっていて、
小学生のようなまだ幼い中でのいじめの問題では、
自らいじめを止めに行くという行動に移すことが多いそう。

もしくは、先生にいじめを相談したり、家に帰ってから
いじめがあったということを親に報告したりして
何らかの行動を移すことが多いようです。

一方中学生・高校生になると
いじめをむしろ応援してしまうという
驚いた意見が圧倒的に多いのです。

また、そのいじめた人を後々に
みんなでいじめ返したという意見なんかも結構あり、
年代が高くなるごとにいじめの内容が陰険になっていき
解決が難しそうだということがうかがえました。

小学生のときは先生に相談できたのに、
年代が上がるにつれて、先生に相談したりする人が
かなり少なくなっていて、大人を頼っても仕方ないという
意識が芽生えているのではないかと思います。

それは、結局『大人は何もしてくれない。』とか
『何かをしても何も変わらなかった・・・』というようなことが
今までに何度もあったりして、潜在意識の中で
『大人は頼りにならない。』と思っている人が多いのかもしれません。

その問題を解決するためには、やっぱり大人が
何らかの形でいじめの問題に立ち向かい、
子供たちと一緒に努力することが1番ではないかと思います。

問題いろいろ

Posted by きりり On 4月 - 8 - 2009

いじめの問題は後を絶ちませんが、いじめの問題というのは
実は当の本人同士だけの問題じゃないんですよね。

もしクラスやグループ内にリーダー的存在の人がいるとします。
その人がもし『〇〇がムカつくから今から無視ね!』と言ったらどうなるでしょう。

これが大人なら、被害者側は悲しい思いをしつつも、
『いい大人がこんなことをして恥ずかしくないのか・・・
この人はかわいそうな人だ。』
と割り切ることができるかもしれません。

ですが思春期の多感な時期にもしこんなことがあり、
信頼していた友達からの裏切りや、
色々な問題について相談してた先生、
信頼しきっているはずの親などに何らかの相談した時、
その親の言葉や態度次第で

『結局自分の味方なんていないんだ』

と思ってしまったらどうなるでしょう。
一番味方してくれるはずの親への信頼をなくしてしまい、
一生それがトラウマとなって自分にも自信が持てなくなり、
心を閉ざしてしまう可能性だってあるわけです。

人を信用できないことで生活が暗くなり、
いじめに拍車がかかってしまうという問題もあるかもしれません。

いじめられている人も、周りに報告できる勇気を持つことは大事ですが、
それを支える側の親や兄弟、親戚、誰にでも言えることですが、
絶対に軽く受け止めないようにしなければいけませんよね。

そしていじめの現場を見てしまった人は、
怖さから見て見ぬふりをしてしまうかもしれませんが、
勇気を出して止めるとか、すぐに大人に報告するとか、周りにも伝えるとか、
いろいろ何かやってみてほしいなと思います。

いじめの内容

Posted by きりり On 2月 - 14 - 2009

大人の世界にもあるいじめが問題で
うつ状態になってしまうという問題も最近では珍しくないですが・・・
今も昔もずっと問題となっている小学生・中学生・高校生の
よくあるないじめの内容について紹介します。

まず男側の意見ですが、一番多く経験したいじめの内容は、
『悪口』や『からかい』を受けた経験があること。
この辺はいじめなのかどうか、友達同士の許せる範囲の冗談なのか、
判断は本人によって違うかもしれません。

でも相手が気にすることや、傷つくことは言わない方が
いじめの問題には発展しないのではないかと思います。
そして悪いことを言ったと気付いたら、必ず心から謝ることが大事ですね。

そして次に多いのが殴る蹴るの暴行。これはやはり男だからなのか
以外に多くて少し驚きました。他にも、無視や仲間はずれ、
用事を言い付けられる(悪く言えばパシリ)、脅される、
人に笑われたりすることを強制的にさせる、物を汚されたり隠されたり・・・

女側の場合は、一番多いのが無視や仲間はずれ、そして悪口など。
女子のいじめ特有の陰険さが目立つのが一番多かったです。
もちろん男側と同じく、物を汚されたり隠されたり、脅されたり、
毎回パシリにされるとかもありました。
そして女側は少なかったですが、殴る蹴るの暴行もあるのだそうです。

どれもいじめの問題によく聞くようなありがちなことですが、
これらは個人的に、というより集団で1人に対してといった印象を受けました。

これらをもし自分がされたらどう思うのか、しっかり考えてみてほしいですね。

なくならないいじめ

Posted by きりり On 1月 - 29 - 2009

なぜいじめによって命を落とさなくてはいけないのでしょうか。
なぜいじめというものがあり、いじめによって苦しんでいる人が
あとを絶たないのに、いまだにいじめというものがなくならないのでしょうか。

いじめの問題はいつごろから問題になってきたか定かではないですが
実ははるか昔からこういったことは多少あったのかもしれません。
ですが現在のように集団で1人の人を無視したり、
体に傷をつけたり、精神的に傷めつけたり・・・

ここまでひどいことはなかったかと思います。

された人はなぜこんなにも辛い思いをしなくてはいけないのでしょうか。

こういったいじめの問題について私が考えていることを書いていこうと思います。

まず、いじめとはどういったことを言うのでしょう。

一般的には弱いものに対し、誰かが、もしくは集団で意識的に、
肉体的もしくは精神的な苦痛を与えることをいじめと呼びます。
いじめられた人は、いじめた人が想像もつかないほどの深い深い悲しみや苦しみを味わうのです。

もちろんこれは子供の間だけに限った話ではありません。
大人の社会でもいじめは存在しています。

あなたは今までにいじめられたことがありますか?

いじめた経験も、いじめられた経験もあるという人や、
いじめた経験はあるけど、いじめられた経験はないという人、
いじめた経験はないけど、いじめられた経験がある・・・

など、『いじめ』の問題に携わったことがある人は調査した中だけでも
実に全体の半数近くにも及んでいたのです。